手造り和三盆糖のおはなし

讃岐三谷家の手造り和三盆糖

足立音衛門の製品には欠かせない讃岐三谷家の和三盆糖

優しさ、味の広がりと高さ、秘めた強さを持っている和三盆糖は、

上品でやさしい甘さが口いっぱいに広がっていきます。 

おとえもんが使わせていただいているのがこの讃岐の三谷製糖(創業文化元年)さんの手造り和三盆糖なのです。

三谷製糖さんからは、3種類の製品を分けていただいています。

・ 讃岐和三盆糖(さぬきわさんぼんとう)

世界で最高のお砂糖のひとつ!! 和三盆は癖がなく結晶の柔らかい、温かくやわらかい甘みで、なおかつ旨味のある甘さが特徴です。

創業以来二百年の昔ながらの製法で製糖されたその甘さは、砂糖黍のもつ独特の風味を大事にする事によって生まれます。

大事にとってもたくさんの人手と手間をかけた製品を届けて下さいます。
三盆の語源は諸説あり、正確な由来は定かではないのですが、よく知られた説では、当初の製法が「お盆の上で三日間研いでいた」「お盆の上で三回研いでいた」などに由来すると言われております。
やさしさ、味のひろがりと高さ、秘めた強さ、手ごわいです。 でも向かいあっていると、とても楽しいですよ!! ワクワク、ドキドキします。

・ 白下糖(含蜜糖)

和三盆糖になる前の粗糖、黒糖よりあっさりしています。 (キビの品種によるものかな)

熱帯の大気が凝縮した黒糖の風味にくらべて四国の空の柔和な風味がします。

かたまりで届けてくださるので刻むのが大変ですが、美味しさのために、手間は惜しんでいられません!!

・ 糖蜜

優しい味です。仏蘭西菓子を作っていますが、このタレでみたらしだんごをたべたい!

由来

現在和三盆糖が作られているのは、徳島県、香川県のみです。原材料の竹糖 が栽培されているのは、徳島県と香川県の県境にある阿讃山脈の南側と北側にあたります。
古来、砂糖は輸入品で、中国からの舶来品でしたので、「唐三盆」と呼ばれていました。当時、 日本では薩摩の黒糖しかなく 徳川吉宗が享保の改革において全国にサトウキビの栽培を奨励し、高松藩が これに呼応、その後、阿波の国(徳島)でも栽培されるようになりました。 これが日本の砂糖「和三盆」栽培のはじまりと言われています。

南側・讃岐(香川県)産地は、阿讃山脈の北側・阿波(徳島県)
高松藩・松平家お殿様は阿波藩・蜂須賀家
三谷製糖
(創業文化元年)
現在手造りで製造されているのは岡田製糖所

和三盆糖の原材料

和三盆糖の原材料は、竹糖(細黍)といわれる在来品種で、沖縄などで栽培される砂糖黍よりずいぶん細く、背も低いです。

収量は低いですが、独特の高貴な風味はこの品種からもたらされます。

讃岐の和三盆に向くのは扇状地にある引田を中心にしたごく限られた地域のものだけで、三月から四月にかけて苗を植え、糖度があがるよう11月下旬から12月にかけて収穫されます。

讃岐和三盆糖ができるまで

1)細黍の搾汁液に石灰を加え、雑夾物(混ざり物)を沈殿させて煮詰めて、白下糖になります。 白下糖(含蜜糖)は、蜜と呼ばれる結晶しにくい黒糖や、ブドウ糖が含まれます。スーパーに売ってる沖縄黒糖の讃岐和三盆版です。 黒糖に比べて、うんと優しい味です。

2)蜜抜き: このあと、白下糖に「水」を加え木綿の袋にいれ、押し船に重ねて並べ、代々伝わる重石を使ってギュ~ッと圧力を加えて蜜を分離します。五段階ある研ぎごとに蜜抜きは繰り返されます。

3)練り: 残った蜜を、水を加えては手作業でもみだす工程が五日かけて繰り返されます。 荒がけ、荒とぎ、どぶとぎ、中とぎ、上げとぎ。 研ぐ事で結晶が丸くなり、精蜜が流れ落ちやすくなります。

4)寒風で丸一日かけて自然乾燥させ、雪のような讃岐和三盆糖の出来上がりです。

(番外)駄菓子ってどうして駄菓子って呼ばれるかご存知ですか?

それは、材料に黒糖を使っているからなんですね。
精製した上白糖(スーパーに売ってある普通のお砂糖)は上等品。
庶民は、黒糖のお菓子を食べていました。
黒糖を庶民が食べられるようになったのは、江戸末期から明治にかけて。
有名な「伊勢の赤福もち」だって、昔は、あんこの味付けに「塩」を使った「塩もち」でした。